鳳幼稚園

園だより(2013年5月)

一年で生から死までの過程をたどる樹木の葉、それに比べると人生は80年、人は何と長く生きる生き物だと思う。その反面、80年ではまだまだ短いと主張する人もいるし、「いや、私は様々な経験をし、十分に生活を享受したからもっと短い一生で充分」と考える人もいる。人の生死の長さを一律に規定するのは愚かなことだが、逆にあえて自らの意思で短く終わらせることもないし、死の定義を超えて生き延びることも議論の分かれることだ。何歳まで生きたから満足だったとか、何歳で亡くなったから不幸というのは大いにその人の生き様にかかっている。樹木の葉は人の80倍の速さで一生を終え、寿命15年の愛犬達は人の5倍以上の速さで生命が止まってしまう。人よりも長く生きる生命体はどうだろうか。ツルや亀は一般に長いと言い伝えられているが、もしそれが事実だとしたら長く生きる彼らは幸福だろうか。はかないカゲロウが一番の不幸で、最大のカメは最高に幸せだろうか。その与えられた一生の中でどのように生きるかが一番大事なことだろう。最も樹木の葉自体は一年で朽ち果ててしまうが、木自体は命ある限り生き続け、屋久杉のように1000年以上も生き続けるものもある。それらの樹木は歴史の変化を見届けているから素晴らしいと思うかもしれないが、移動することは許されず、邪魔だと言っていつ何時切られてしまうかもしれない。100年以上もそこにそびえているのは環境に恵まれた奇跡の一本にすぎないだろう。そんな奇跡の樹木が林立する天台宗総本山比叡山延暦寺、それまでお寺の中に入った事はなかった。昭和43年、会社に就職(大卒理系250名、文系150人の入社であった)、導入教育の一環として観光バスで延暦寺に入った。一泊であった。大きな寺に行ったことがなかった私には驚きであった。ある意味すべてが新鮮であった。質素な食事、簡素なたたずまい、最低限の身なり、そして到る所に「一隅を照らす」の文字、織田信長に反抗し、さまざまな一揆にも登場する驕りやその姿はなかった。そこでの一泊、そこでの一隅を照らすの言葉が半世紀近くたった今でも私の脳裏に深く焼き付いている。お寺に関してはいろいろ毀誉褒貶があるだろう。しかし静かな所で座禅を組むと平常心に戻って心が洗われるのも事実だろう。そんな深山や私達のまわりの小高い山の樹木が春になると急に自己主張し始める。存在感を誇示し始める。「私達はここにいるのだと」そう、今まで何も気に留めなかった樹木がきれいなピンクの花を咲かせ、白い花で居場所を知らせている。普段は同じように他の樹木と並んでいるのに、その時が来れば大きな存在感、山桜やこぶしの花、その存在に私達は人生を重ね合わす。ある意味日本人の様であるかもしれない。いつもはおとなしく優しい人たち、しかしいざとなった時には存在感を示す。時には大東亜戦争のようなこともやったが、いつもは真面目な頑張り屋さん、時期が来れば大きな存在感を示すことができる。いつもは誰とも仲良く協調して助け合い、一隅を照らして生活し、必要な時が来れば、立場を明確にし、自己主張することもある。全ての人に好かれようと波風を立てずに生き続ける努力をするが時には山桜やこぶしのように自己主張する必要があるのではと思う。幼稚園っ子達も成長して、時には自分の存在をアピールする機会もたくさんあるだろう。今の今、そのために基礎の基礎を着実に築いてほしい。立派な人になる為に。